― イノベーション ― 企業が生き延びるための必須条件

ドラッカーは、企業や組織が生延びるための必須条件は、「マーケティング」「イノベーション」であると述べている。(マーケティングについては、「本来のマーケティングとは「顧客の創造」」を参照)

 

成果は会社の外にある。マーケティングによって顧客のことを知り、その内容に基づいて会社をイノベーションすることで「顧客を創造」する。常に外を見て内側に手を打つ。

 

一般に「イノベーション」といえば、日本では単に技術革新と捉える人が多いが、これはイノベーションのほんの一部にすぎない。

 

イノベーションとは、大きく

  • シュンペーターが唱える「異質なものの結合」
  • ドラッカーが唱える「体系的廃棄」

があり、どちらも重要な考え方です。

 

シュンペーターの唱える「イノベーション」は、(考え方、発想、技術、材料など)異質なもの同士が結合することで新しいものができるという考え方である。

 

対して、ドラッカーは、「イノベーション」の本質は「体系的廃棄」だと言っている。

 

簡単にいうと、従来のやり方を捨てる…これまで組織だってやってきたやり方、制度、仕組み、思考体系をガッサリと捨て去るということです。

 

ドラッカーは、従来のやり方を改善しながらやっていくと、いずれ立ち行かなくなる時が来る、必ずイノベーションしなければならない時が来る、と言っています。

 

重ねて言うと、これまで成功を重ねてきたやり方、成功の要因を捨てなければならない時が来る、それも体系的にということでもあります。

 

自らの成功を自らの手で捨てなければならない。

 

これが苦しい!!

 

いま苦悩しているシャープがまさにその事例のように思えて仕方がない。

 

液晶のシャープ、亀山工場…液晶テレビはシャープのこれまでの成功要因だった。
しかしずいぶん前から、電子機器や家電製品(組合せ商品)などは日本の製造装置や部品を輸入して使えばどこの国でも作れる。

 

これまで日本のお家芸であったこれらの製品はイノベーション、即ち「体系的廃棄」は待ったなしの状況である。しかるに、いまだに捨てきれないメーカーが多く、大幅な赤字で苦しんでいる。

 

これほど、他社や他業界のことについて分かっているつもりのイノベーションであっても、自社のことになると分からない。もし分かってもイノベーションに踏み切れない。

 

今まで成功し、収益源であった製品や組織を捨てられない。

 

まさに、成功が人を頑固にさせ、
この頑固さがイノベーションの最大の壁として立ちはだかるのである。

成功が人を頑固にさせる(塩野七生著「ローマ人の物語」より)

第二次ポエニ戦役後期(紀元前205年~201年)。当時のローマは、少数指導の寡頭政を採用する共和国であった。

 

共和制ローマの最高官職であり軍隊の最高司令官でもある執政官(二人)は、市民集会で選出される。その執政官の任地は建前上抽選で決めることになっていたが、実際は執政官二人を含む元老院で決めていた。
当時、若いスピキオベテランのファビウスの二人が執政官となっていた。

 

スピキオは、対戦相手の武将であるハンニバルがイタリアに居座っているにもかかわらず、元老院に自らの任地を敵地カルタゴがある北アフリカにしてくれるよう求めた。これは、対ハンニバル戦争の路線変更という重大事であった。

 

それに対して、もう一人の執政官であるファビウスが断固として反対した。
昔の遠征失敗という苦い経験があり、保守的な考えでの反論であった。

 

スピキオはそれに対して、「これまで成功してきたことも、必要となれば変えなければならない。私は、今その時と考える。」と反論した。「私はハンニバルと対決するでしょう。それは、私が彼を引きずり出した戦場で行われる。そしてそれに勝っての褒賞はカルタゴそのものだ」と付け加えた。

 

ファビウスと考えを共にする人々とスキピオに同感する議員の数が、半々になった。この元老院の二分は、貴族対平民の二分ではなかった。ファビウスもスピキオも、ローマきっての名門貴族である。

 

元老院の二分は、出身階級によるのではなく、年齢によるものだった。高齢者たちはファビウスへの支持を続け、若い議員たちが、スキピオの考えに同意したのである。

 

高齢者だから、頑固なのではない。
並の人ならば肉体の衰えが精神の動脈硬化現象に繋がるかもしれないが、優れた業績をあげた高齢者に現れる頑固さは違う。
それは、優れた業績をあげたことによって、彼らが成功者になったことによる。

年齢が、頑固にするのではない。成功が頑固にする。
そして、成功者であるがゆえの頑固者は、状況が変化を必要とするようになっても、成功によって得た自信が、別の道を選ばせることを邪魔するのである。ゆえに、抜本的な改革は、優れた才能は持ちながらも、過去の成功には加担しなかった者によってしか成されない。しばしばそれが若い世代によって成し遂げられるのは、若いがゆえに、過去の成功に加担していなかったからである。

イノベーションの本質

経営とは、昨日までなかった新しいものを作り出す仕事である。イノベーションとは、顧客にとっての新しい価値の創造である。

 

すなわち、より優れ、より経済的な商品やサービスを創造することである。企業が存続し発展していくためには、より大きなものに成長することでなく、常により優れたものに成長する必要がある。その過程で、イノベーション…すなわち、今まであったものを破壊し、新しいものを作り上げていく。

 

イノベーションの本質は、これまでうまくいっており、組織だってやってきたやり方、秩序だってやってきたものを全て捨て去ることである。これを“体系的廃棄”という。この体系的廃棄が、新しい価値の創造に繋がっていく。

 

重ねて言うと、体系的廃棄とは、これまでの“成功要因”…組織体制、やり方、考え方、価値観、哲学などを廃棄することである。即ち、自社の“成功要因”を自らの手で捨て去らなければならない。

 

諸行無常の法則に則り、企業を取り巻く環境は常に変化し続け、これまで成功が長続きしない。これまでの成功要因が必ずしも成功要因でなくなってくる。失敗要因に変わってくる。なぜならば、顧客のニーズも変化し続けているからである。

 

また、発展するということは、新しいものが出てくるということ。それを今までのやり方、製品・サービスで解決できたら次に行ける。しかし、そんなにうまくいくことは滅多にない。成功にしがみついていたら、滅びるだけである。

 

そこで体系的廃棄…捨てることを学ばなければ次には行けない。壁を突破できない。

 

今日の成功要因は、明日の失敗要因となってくる

現状維持は破滅への道と知るべし

“脱皮できない蛇は死ぬ”

 

イノベーションは、壁を破る力であり、組織が生き残る最大の方法である。

 

アメリカ自動車メーカー フォードの例
ヘンリーフォード…T型フォード、交通革命・産業革命の大立役者。
プロの職人がやっていたことを、ベルトコンベアーを使って素人の職人が単純な作業で作れるようにした。13時間かかった自動車生産を最終的に90分でできるようになった。1400ドルかかったT型フォードが、300ドルで売るようになった(経営方法のイノベーション)。ところが、黒塗り一色の車にこだわったため、アメリカ社会が発展して、いろんな個性、色を持った車がニーズとして変転していったところに、フォードは変われずに滅びかけた。負けたのは、GMに負けたのではない。顧客のニーズの変化を読めなかったから。まさに諸行無常の法則に負けた。成功させたのは諸行無常に則ったイノベーションだったから。
これは企業を取り巻く環境の変化を理解しなかったということそものである。

イノベーションの機会

経営者は、変化を当然かつ健全なものと捉え、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用しなければならない。そして、生産性が低く成果が乏しい分野から、生産性が高く成果の大きい分野に経営資源を動かしていかなければならない。

 

イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである。それらの変化が提供する経済的、社会的イノベーションの機会を体系的に分析することである。

 

 

イノベーションの機会を体系的に分析するのが、マーケティングの機能である。

 

ドラッカーは、イノベーションの機会は7つあるといっている。
第一が、予期せぬことの生起である。
    予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事である。
第二が、ギャップの存在である。
    現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップである。
第三が、ニーズの存在である。
第四が、産業構造の変化である。国際環境を含む。
第五が、人口構造の変化である。少子高齢化など。
第六が、認識の変化である。物の見方、感じ方、考え方の変化である。
第七が、新しい知識の出現である。

 

このマーケティングで得た情報をもとに、経営者は、自社の製品、サービス、流通、仕組み、組織などのイノベーションを実施していかなければならない。

 

中でも、“予期せぬ成功”や“予期せぬ失敗”をした時がイノベーションのチャンスである。これを業務報告するなどの仕組みを作れば、体系的に計画的にイノベーションを起こすことができる。

 

予期せぬ成功をしたら、他でも使えないか、予期せぬ失敗をしたらやり方を変える。期待値を上回ったり、下回ったりすることは日々起きている。これを経営に活かすことが、最もリスクも小さく、しかも最も成果が大きいイノベーションの機会となる。

 

また、予期せぬ生起やギャップの存在は、通念や自信を打ち砕いてくれるからこそイノベーションの宝庫となる。特に、マーケティングの前提としていたものが、もはや現実との乖離が生じていることを示している。マーケティング方法そのもののイノベーションも同時に求められる。

 

経営資源は限られている。資源は集中しなければ大きな成果はあげられない。
ドラッカー曰く、「集中のための第一の原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには自らの事業を定期的に見直し、『まだ行っていなかったとして、いまこれに手をつけるか』を問うことである。答えが無条件のイエスでないかぎり、やめるか大幅に縮小すべきである。」「古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。」(経営者の条件)

 

計画的な廃棄、体系的廃棄を行うに際し、予め劣後順位を決めておく。そして、一番いらないものから捨てていく。この場合、商品のライフサイクルにおいて、体系的廃棄のタイミングは成熟期のピークのときである。少なくとも、成熟期の中期から後期には体系的廃棄を行わなければならない。これをやらないと乗り遅れる。

 

廃棄とは、あらゆる種類の組織が自らの健康を維持するために行っていることである。いかなる有機体といえども、老廃物を排泄しないものはない。さもなければ自家中毒を起こす。既存の物の廃棄は、企業がイノベーションを行う上で絶対に必要なことである。

 

廃棄は、企業が継続的に変化・発展するための手段であり、時代を超えて生き残っていくための手段である。

― ドラッカー著「イノベーションと企業家精神」より ―

企業の発展とイノベーション

イノベーションは外部変化に対応するだけではなく、会社の内部の変化に応じても行わなければならない。

 

市場の変化、あるいは顧客の動向に変化はないが、会社が急発展することがある。それに応じて組織運営を変化させることが必要である。

 

これについて3つの視点から考える。
一点目は、会社の発展に応じた経営の考え方。

  1. スタートは、夫婦や仲間で商売。スタートは商売、売り上げ至上主義でいく。
  2. 売り上げが上がってくると商売から経営の方向に向け、機能分化が始まる。営業、経理、生産当たりが入ってくる。社長はまだワンマンだけれども、利益至上主義に代わる。さもないと、経費倒れで倒産に繋がることもある。
  3. さらに発展していくと、ワンマンから経営チームへシフトする。指示出しをするワンマンから、全責任を負うワンマンになる。機能分化がさらに進んで財務、広報、総務まで増えてくると、利益プラスリスク管理、経営の考え方が変化する。

 

二つ目は、会社の発展に応じた経営者の役割。

  1. 初期段階の経営者の役割は、アイデアマン。どんなベンチャーでもアイデアを出すのはトップだけである。常にアイデアを出し続けることが成功・不成功を分ける。小さな段階で成長が止まるのはアイデアが出ないだけである。できる社長はアイデアを出し続けて急成長する(10億、20億超)。アイデアの供給が止まった段階で小さな会社は問題を打開できなくなってしまう。
  2. 第2段階の経営者の役割は、教育者。経営理念に基づいて、いかにして人材教育するか、作法、会社のカルチャー、いろんな人材の育成が必要である。
  3. 第3段階の経営者の役割は、ミッション経営における伝道者。会社の末端に至るまで、企業ミッションを伝え、浸透させる。企業の遺伝子づくり。どの程度で火をつけることができるかが、会社の規模を決める。ベンチャー企業のスタートは燃える集団、社長と5人の仲間たち。30人くらいになると社長との距離ができ、いつの間にか普通のサラリーマンの集合体になる。温度を下げずにどこまでいけるか。これがミッション経営の力である。
  4.  

    最初はアイデアマン、そして教育者、最後は経営理念の伝道師。こうやって行くと大企業の仲間入りができる。これをやったのが、松下幸之助。とにかく理念を言い続けて火をつけ続けて松下電器を大企業に育てた。だから、末端に至るまで、どの規模まで火をつけることができるかが、最終的にはトップの仕事である。このように役割も体系的廃棄をしていく必要がある。

     

    三つめは、発展におけるリスクの変化。発展に応じてリスクの質がが変わってくる、そのリスクに応じて会社を変えていかねばならない。

    1. スタートのリスクには経営者自身の能力不足がある。先ほど社長のアイデアと述べたが、これが常にリスクとなっている。社長の成長が止まったら会社の発展もピタッと止まる。ですから、早期に人材教育によって専門家を育て、チーム経営に移行していかなければならない。
    2. 次が、機能分化のバランス。生産、営業、企画、管理部門、財務などのバランスが崩れての倒産は山のようにある。売上が上がっているけど生産が追い付かない。資金が追い付かない。…このバランスのリスクは相当発生する。
    3. 会社が大きくなってくると、外部リスクに対処しなければならない。地域でトップになると全国レベルが挑戦してくる。これでやられる会社はいっぱいある。急成長の会社のなかは穴だらけ。急発展して売上50億…会社のなかで不正しているところ、マスコミが入ったり外から見ると危険なところはいっぱいある、そしてやられていく。まさに落とし穴。そのリスクにまずは気付くことが大事である。企業の発展段階におけるリスク管理…発展に応じて変えていかなければならない。

勝ち続けるためのイノベーション

常に勝ち続けるシステムとは、イノベーションをし続ける体質のことである。

 

成功は長く続かない、今より有利な条件はいくらでもひっくり返る。普通、人間は一回の勝利で酔いしれる。だからイノベーションし続けるということには気付かない。

 

大切なことは、一回の勝利もさることながら、イノベーションし続ける体質を会社につくること。イノベーションし続ける体質の対極にあるのが、指示待ち族である。大企業病であり、お役所カルチャーである。これは3人5人の中小企業でも起こる。

 

成功すると必ず会社は緩む、これを放置すると指示待ち族が多数生まれる。トップが成功した後、積極的に変えていかないと必ず指示待ち族に変わる。いかにして成功させるかと同時に、成功した後のわが社の姿を考え、常にイノベーションを社員に促すこと。

 

特定の商品がロングヒットした会社が油断して、イノベーションできなくなって潰れていく会社は大変多い。

 

イノベーションを成長に結びつけるには変化と継続のバランスが必要である。

 

単に、ひたすら変化を求めていくのは無謀である。イノベーションを効果的にあらしめるには、変化と継続のバランスが大事である。

 

絶えず変わらなければならないと同時に、変えてはいけないものを同時に求めていかなければいけない。わが社のなかでこれだけは譲れない、これだけは持ち続けなければならないというものを、頑固に守らなければならない。これが、創業の価値観や社是、経営理念などである。

 

経営理念などは普遍性があり、変えるべきものではない。変えるべきは、この経営理念から環境に合わせて生み出されたものすべてが対象となる。

 

ソニー…世界の流れであるソフトカルチャーに乗った。経営の全盛期に技術者を相当外に出した。譲ってはいけないものを譲った。
パナソニック…松下電器の苦境のときに日本全体がアメリカ型経営に入った、松下精神を捨てた。

 

イノベーションと言いながら世間の流行トレンドに乗りすぎて混同してしまい、経営理念、強み、創業者の価値観、何を継続させるか、何を捨てるかの見極めを誤ってしまった事例である。しかし、この見極めは極めて難しい。

 

だからこそ、イノベーションはトップダウンで行うのが原則である。トップが責任をもって断行する。情報は現場から、判断・決断はトップの仕事である。