企業の精神的主柱としての「経営理念」

「企業とは何か」で述べた通り、企業とは経済的機能をもつ社会的組織であり、その組織構造は一人ひとりの人間から構成される人間組織である。そして経営とは、その人間組織を通して事業をマネジメントし、成果をあげることです。

 

その組織に方向性を持たせ、成果をあげさせるためには“理念”なり“目標”なりが必要となります。

 

起業当初は「自分が好きなことをして、自分や家族が食べていくことができ、従業員が楽しく生活できればよい」という程度の志だったかもしれません。しかし、会社が一定の規模(10人以上)にまで大きくなってきたら、やはり、それだけではダメです。

 

企業規模が大きくななればなるほど強い求心力が必要となってきます。経営トップは、求心力の核となるべき精神的主柱を社員に提示する必要があります。これが、「経営理念」であり、「目標設定」です。

 

広辞苑による「経営理念」の定義
「企業経営における基本的な価値観・精神・信念あるいは行動基準を表明したもの」

 

別の言い方をすると、「経営理念」というのは、「わが社はどの方向に向かっていくのか」、「わが社は何のために存在しているか」、さらには「わが社の行動原理」などを規定したものです。いわゆる「錦の御旗」のようなものです。

 

戦国時代であれば、武田信玄の「風林火山」や織田信長の「天下布武」などの軍旗もそれにあたります(戦国時代の軍旗に見る「経営理念」参照)。

 

このように経営理念は、企業に正統性と存在意義と方向性を与え、経営に関わるあらゆる戦略、判断、行動などの基準となるべきものです。

 

そういった意味で、経営理念は、経営トップの持つ使命感、理想、信念、価値観などを表したものでなければならない。そしてそれは、多くの社員が共感し、勇気づけられ、発奮の原動力となるべきものでなければならないし、さらには社会の経済的繁栄や発展につながるものでなければならない。

 

正しい経営理念

企業は、社会や国を経済的繁栄に導く公的使命があると前に述べた。だからこそ、経営トップ自らが、“高い志”や“強い使命感”をもって「正しい経営理念」を策定しなければならない。単なる企業イメージや企業PRのために掲げているようでは経営理念としての本来の価値はなく、ただのお飾りにしかなりません。そして、社員に浸透もしません。

 

一般に社員は、考え方も価値観もバラバラです。ですから、単なる利益誘導で組織運営をしても長くは持ちません。やはり一つの方向に向かわせないと成果はあがりません。社員を一つの方向に向かわせる重要な働きをするのが「経営理念」なのです。

 

この経営理念が企業の方向性を示し。様々な問題の判断の基準となります。また、経営理念はビジネスチャンスを生み出す源泉です。経営理念から新たな戦略やビジネスモデル、あるいは商品やサービスを生み出す。経営理念に基づいて社員や経営担当者の教育を行うことによって経営マインドを持った社員が生まれる。

 

このように、正しい経営理念を定め、社員に徹底的に浸透させることによって、強い組織が生まれ企業の発展に繋がっていきます。人はミッションを共有し情熱をもって共に働くとき最大の成果をあげる。そして、これが企業発展の原動力となるのです。

 

松下幸之助いわく
「経営においては、技術力も販売力も大事。むろん資金力も人も大事だが、一番根本になるのは『正しい経営理念』である。それが基にあってこそ人も技術も生かされてくる。
信念に裏打ちされた経営理念がなければ、またあったとしてもそれが日々の仕事で実践されていなければ必ず間違いが起こってくる。」

理想を掲げて進軍ラッパを吹け!

経営トップに、夢や理想、信念がなければ、そのうち誰もついてこなくなります。理想を掲げて進軍ラッパを吹けないようでは、零細企業のままで朽ち果てるしかありません。

 

経営トップは、社員に対して、常に使命感を与えることが大事です。使命感を現したのが経営理念です。「我社は何のために在るのか」といった、社会に対する公器としての使命を説明したのが「経営理念」です。これを社員レベルまでかみ砕いて、繰り返し繰り返し教える必要があります。

 

経営理念を立て、それを繰り返し述べて社員たちに理解させ、「我社はこの理念を実現するために頑張っているのだ」ということを教え込めたら、そこに大義が生まれ「正しさ」というものが立ち上がってきます。この「正しさ」というものを社員の皆が意識したときに勇気が出てくるのです。

 

従って、経営者にとって非常に大事なことは、「経営理念」を定めることです。組織として、全体としてどちらの方向へ向かっていくのか。一つの旗印「錦の御旗」、目標です。そして、繰り返し繰り返し「我社はどういう方向に行こうとして、どういうふうなかたちで社会貢献しようとしているのか」ということを教える必要があります。

 

鉄は国家なり

「鉄は国家なり」といったのは新日鉄。理想が本物であれば、使命感というのが出てきます。社会貢献とか、公器性というものを掲げると、やはり企業であっても、一種の宗教にも似た、強い磁場を創り始めることになります。

 

松下幸之助は、天理教の宗教施設を訪ねた折にこれを悟ったと言われています。そして、1932年に「真使命宣言」を行っています。
「産業人の使命は貧困の克服にある。
 社会全体を貧しさから救って、富をもたらすことにある」

彼の情熱と情感に溢れたその言葉に切々と訴えかける理想の響きがあったといいます。

 

このように、組織に経営理念という魂を吹き込むことにより強い磁場が出来上がると、その企業に対する信頼感、あるいは、ここなら信頼できるという、その企業の良心というか、個々の商品やサービスは信用できるという空気が出来上がってきます。

 

正しい経営理念が、社員の言葉や行動に繋がり、さらにその理念が商品やサービスに練り込まれてくると市場からの信頼感が生まれ、社業は発展します。

 

当然ながら、経営理念の中に「私利私欲」があってはなりません。人は満足感を感じたり、勇気が湧いてくるのは、自らが成長していると感じた時、人の役に立っていると感じた時だと言われています。

 

経営者自身のやる気を出すためにも、社員のやる気を出すまめにも、また市場の信頼を得るためにも、正しい経営理念を掲げなければなりません。

 

この正しい経営理念が、企業の発展・繁栄をもたらすのです。

「経営理念」が組織の文化遺伝子をつくる

日米欧を問わず、優れた企業は経営理念、創業者精神、経営方針、経営哲学など、明確な価値観が経営トップから出ており、企業の組織力の源泉、競争力の源泉となっています。

 

経営理念に基づく組織文化づくり…これが社員を限界突破させる力となります。経営理念をつくって、組織の文化遺伝子にしないと人は育たず、大企業にはなりません。

 

経営理念は、その企業にとっての憲法であり、正しさです。
経営理念を繰り返し繰り返し説くことによって教え込み、誰もが言えるようにする。その経営理念に照らして、自分の考え方や判断、行動が正しいかどうかを考えさせるようにする。これが組織としての文化遺伝子をつくる。

 

しかし、ほとんどが経営者は口先だけで伝えきれていない。そのため、社員に浸透せず、組織の分化遺伝子になっていない。
その理由には3点考えられる。

  1. 内容が不明瞭で伝わっていない。内容が抽象的過ぎて、社員の知性ではわからない。あるいは、経営理念が自己満足となっている
  2. 経営者が言っている経営理念と言行不一致で社員が信用していない
  3. 経営者が同じことを繰り返して言えない

経営理念を社員全員に浸透させるには、まずは経営トップの経営理念に賭ける情熱、自らの言行一致、そして繰り返しかみ砕いて語り、様々な事例を交えて語る。語り部をつくる。また、経営理念を張り出す。新入社員教育や途中での研修・勉強会を行う。経営理念に基づいて社員を昇格・降格、昇給・減給させる。経営理念に基づいて社員を表彰したり罰則を加えたりする。いずれにしても中途半端はダメ、とにかく徹底してやる。

 

ビジョナリー・カンパニーは、自社の価値観、存在意義、達成すべき目標をはっきりさせているため、自社の厳しい基準に合わない社員や合わせようとしない社員が働ける余地は少なくなる傾向がある。
ビジョナリー・カンパニにおける経営理念の徹底の特徴は次の四つ。
(1) 理念への熱狂
(2) 教化への努力
(3) 同質性の追求
(4) エリート主義
ノードストロームでは、職歴がほとんどない若者を雇って、早い時期に自社の流儀を教え込み、基本理念に忠実な社員だけを昇進させている。同質性も厳しく追及しており、自社の流儀に合った社員は、給料、資格、表彰などで次々に励ましを受け、合ってない社員は、取り残され、罰を受け、減点され、次々に嫌な思いをすることになる。

(ジェームズ・コリンズ、ジェリー・ポラス共著「ビジョナリー・カンパニー」より)

松下幸之助は、1933年に「松下電器の尊奉すべき精神」という経営理念を定め、この経営理念を毎朝の集会で社員に大声で唱和するよう命令した。そして、幸之助自身が、使命と経営理念を深く信じて行動するようになった。誰の目にも映るその行動が、経営理念に掲げた目標や価値観に見合ってきたのだ(言行一致)。彼はまたその指針と合致した組織制度も作り上げた。その効果たるや絶大だった。一致団結した力が全社員にあるメッセージを放射し、徐々に信頼関係の中で意思疎通が図られ、自己保身のための利己的な鎧を外させたのである。

(ジョン・コッター著「幸之助論」より)

組織文化が浸透していない会社はない

一方、経営理念がなかったり、あったとしてもお飾りで社員に浸透していなかったりするとどうなるか。

 

そうなると、言葉にはならないが自然発生的な価値観が共有されることになる。例えば、上司にはゴマすればいい、リスクなんて追わなくてよい、プロセスには関係なく結果さえよければいい、時間はルーズで構わない、顧客より利益優先、あるいは自分の課さえよければいい・・こういった組織文化が放置されていく。

 

すなわち、経営理念が徹底されていないと自然発生的に放置されている価値観がその企業の組織文化となる。経営トップの明確な価値観があっても浸透していないと、価値観の空白な会社が出来るのではない。現場で横行している価値観が共有されて隠れた経営理念となって一つの文化を形成していく。恐ろいですね。

 

こういったものを消すのが経営理念であり、その徹底なんです。

 

逆説的ですが、経営理念が浸透していない会社はない。
経営トップが創った正しい経営理念が浸透しているか、その経営理念が浸透しないので、自然発生的な無言のシグナルによって形成される価値観が事実上の経営理念として共有されていくか、そのどちらかの会社しかない。これは五人ぐらいの会社でも分かれてくる。

 

企業は立ち上げ時期や規模が小さい時期が大切です。企業文化や価値観がこの時期に社内に刻み込まれるからだ。この時期にしっかりと経営理念を浸透させておかないと、またあっても経営理念が伝わりきれずそれが弱いと、逆の価値観が自然発生的に出てきてそれが社員に刻み込まれその価値観に従って動いていくことになる。

 

従って、経営トップの一番大事な仕事は何かというと、経営トップが出す価値観、経営理念や経営方針が、建前ではなく、本音であると実感させること、これが一番大事なこととなります。正しい価値観が遺伝子となっていかない限り、逆の価値観が組織文化として浸透していく。

 

ではどうするか…
第一は、とにかく言い続ける。今期はこの方針でやります。我が社の存在意義はこうです、販売の理念はこうです、サービスの精神はこうです、お客さんへの対応においてはこれが大事です・・など言い続ける。色んな説明の材料に使う事が大事です。

 

第二は、経営トップは一貫して振舞い続ける。言っていることとやっていることの一貫性…これをドラッカーは「真摯さ」といっています。経営者にとって一番大事なことは、何度も言い続ける、そして言行一致。トップの凡事徹底は価値観における遺伝子づくり。やるべきはマイナスの無言のシグナルの価値観の払拭。マイナスの無言のシグナルは雑草のように出てくる。

 

第三は、社内に判例集をつくる。多くの会社は欠落している。経営判断は密室でやっている。どういった経緯で決めたかを判例として文章にまとめる。つくらないと経営理念は抽象的なので社員には伝わらない。松下の場合、「社主はあのときこういった」。似たような事例が発生したとき、「社主はあのときこう指示した」といった判例集。

 

まとめると、明確な経営理念を掲げて繰り返し語り、そして自ら率先して行動し、一貫性をつくる。マイナスの理念を払拭し、プラスの経営理念の真意まで伝える。さらに判例集を作って、一般社員が、経営トップと同じような判断ができるような標準化をしていく。こうすることによって、経営トップの価値観に基づいた組織としての文化遺伝子ができる。これが大企業への道へとつながる。

経営理念の徹底 松下電器の例(「幸之助論」より)

松下幸之助は、「真使命宣言」(前述)を行った翌年(1933年)、自らの主義主張である経営理念を明文化した。それが、「松下電器の尊奉すべき精神」(「松下電器の経営理念」参照)である。そして、全社一丸となってこれらの理想に邁進してほしいと要請するとともに、この経営理念を毎朝の集会で従業員に大声で唱和するよう命じた(経営理念の徹底)。

 

1933年以降従業員が増えたが、松下電機の多くの従業員は、自分たちが公明正大な大義によって結びついていると信じるようになり、一致団結してますます他社との競争力を高めていった。

 

また幸之助自身が、使命と経営理念を深く信じて行動し、模範となることでリーダーシップを発揮した。そして、その行動が誰の目にも経営理念に掲げた目標や価値観に見合って見えていた(言行一致)。

 

時を経て終戦後(1946年)、
GHQによって松下電器が財閥指定され、松下幸之助をはじめとする経営陣は、公職追放の一環としてその職を追われた。幸之助を始めとする経営陣の幾度もの陳情や労働組合からの請願などもあり、1950年(昭和25年)に経営に復帰することができた。

 

一時期、中央集権的な体制に変わっていたが、幸之助復帰後再び事業部制に戻した。

 

新たに三つの分けられた事業部の内二つの事業部は採算がとれていたが、高橋荒太郎が担当した事業部だけが採算割れしていた。生産性、技術、従業員の熟練度を調べると、全面的な改善が必要であることが判明した。

 

しかし、高橋が出した結論は、この事業部の成績が悪いのは、戦前に松下電器を成功に導いた、要となる政策と戦略を放棄したからだということだった。七つの綱領は、(前任の経営陣が止めさせたため)もう朝の集会で大声で読み上げられなくなっていた。

 

そこで高橋は、「我々が抱えている問題の根幹は、松下の基本方針に沿って仕事をしなくなったからである。綱領に従い、綱領に照らして自分たちの行動を謙虚に反省してみれば、我々は必ず成功する。」と訴え、松下電器の綱領を毎朝朗唱することを復活させた。

 

そして、自らもその理想に照らして自分の経営を再点検してみた。その結果、今までやっていたことをいくつも変更することになった。

 

毎朝工場を点検して、清掃と整頓を終えてから仕事に取り掛かることにした。製品の品質は客の視点から洗い直され、改良を加えられた。

 

他の二つの事業部もほぼ同じような展開がなされた。

 

結果として、松下電器は比較的短期間で再び軌道に乗り始めた。品質と生産性は三事業部全てにおいて改善された。顧客志向の企業姿勢が復活し、士気は高まった。

 

松下幸之助は、壮大なビジョンを掲げ、成長を促す精神鍛錬によって、彼は何百人もの人々を勇気づけ、発明家に、経営者に、起業家に、リーダーに育て上げた。

(以上、ジョン・P・コッター著「幸之助論」より)

 

平凡な指導者はただ喋る

良い指導者は説明する

優れた指導者は自らやって見せる

偉大な指導者は心に火をつける

アメリカの教育者、牧師、著述家 ウィリアム・ワード